・健康の身体へ

問合せの電話でよくある話ですが、気持ちが分からないでは無いものの、
あまりにも同じような問合せが多くあります。

『早い』・『安い』・『上手い』を望んで居られるように感じます。
まるでどこかの牛丼屋さんフレーズですね!
痛いところをチョチョットやって、痛みを取って貰いたいという印象を持ちます。
『整体でポン』という感じです。

『ポンとできないの?』と聞かれたら、できないことはありません。
それよりも、あなたが『ポンとできるの?』と言います。

あなたが何年もかけて痛みの出る体にしたものを、ある程度は、骨格の歪み・筋肉のハリ・
関節の稼動を元の状態に戻すことは可能です。
あなたがその状態を維持するために、施術後から生活習慣や姿勢や癖を変えられますか?

例えば、プロ野球の選手で肩や肘を故障した選手は、治った後にフォームを変更することが
多くあります。お分かりの通り、それは同じ故障をする可能性があるからです。
でも、フォームを変更するには、トテツモナイ勇気と努力が必要となります。
なぜなら、フォームを変更する前までのレベルに持って行くには、並大抵では無いからです。
邪魔をしているのは、脳の記憶です。
何年もかけて培って来た物を、ある日を境に記憶を塗り替えなければならないからです。

それは、あなたの体も同じことです。生活習慣・姿勢・癖を直さなければなりません。
元の状態に戻せる他の治療院や、整体院・カイロがあったとしても同様です。
その場しのぎでも良ければそれでも構いませんが、同じ思いをしたくないのなら、
あなたが脳の記憶を塗り替える以外に方法は無いのです。

あなたがポンと変えられるなら、次回の予約は必要ありません!
その場しのぎでも良いなら、次回の予約は必要ありません!

私が次の予約をお勧めするのは、あなたの脳の記憶を塗り替えるサポートです。
人間は機械のように参りません。『整体でポン』とは、なかなかいかない物ですよ。

『健康とは、どういうこと? どういう意味?』と質問されて、答えられますか?
分かっていても答えようとすると、なかなか言葉が出てこないものです。

『健康』の意味は、『健やかな身、康らかな心』だそうです。
改めて言葉の意味を知りました。

体に不調が起こると、まず病院や治療院と考えるでしょう。
そこに向かう気持ちは、体だけのことしか考えていません。
心の病気もとなれば、精神科やカウンセリングへ行くでしょう。
どうしても、心と体を別々に捉えがちだと思いませんか?

私たちは、機械ではありません。
悪いところだけ治せば良いと思いません。
悪い部品を交換すれば良いと思いません。
切り離して考えては、いけないのです。
心と体の両面を総合的に治さないと、健康とは言えないのです。
まさに心身一如です。
心身一如とは、心と身が一体となることです。

もし、心と体がどちらも病んでいる場合、どちらを優先しますか?
(心が病んでいることに気付いていない人が結構多いです。)
本来は、心を優先すべきだそうです。その次に体だそうです。

しかし現実は、心は置き去りになって、体だけを治そうとしています。
それは一人一人もそうですが、病院や治療院だけでなく我々のような代替療法もです。
体の不調を何とかしたいと思い、目先のことだけ考えているのです。
個人では、心を病んでいることを認めたくなかったり、知られたくなかったりするのもあります。

【めぐり整体所】としては、せめて同時進行で心と体を改善する方法を試行錯誤しています。
心躰法という手法をベースに、心と体を切り離さずに心身一如の想いで施術をしています。
それも、カウンセリングという手法を使わずに心を癒す方法もメドが付いてきました。

あなたがあなたらしく、本来のあなたに戻れるようにしませんか?

みなさんは自己分析をされますか?
かつて私は心の病を持っていたのでその影響でしょうか、自答自問したり自己分析をします。
完治しているかどうかは分かりませんが、以前のように深く悩むことも無くなりました。
それよりも、深く考えなくなったというのが本当かも知れません。
ベストの答えを出そうとせずに、ベターな答えで良いのだと思うことでスッキリしたのです。
シンプルに考えることや嘘をつかないことが、心が軽くなるという事に気が付いたのです。

自分の例も出しつつお話しようと思います。
つい数か月前までのことですが、実は傷付くのが怖かったんです。
今を思えば、自己分析していても正しい答えを見つけられなかったということが分かりました。
見つけていても自ら認めることも恐れ、違う答えにすり替えることをしていたように思います。
周りの反応を気にしていたという事です。自分に自信が無い表れだったのでしょう。

10年前までは、ある人から注意されるまで気づいていなかった口癖もありました。
『~と分かっているんやけど・・・。』や『~と思っているんやけど・・・。』の『けど・・・。』が
無意識に出ていました。
その人からは、『本当に分かっていたら(思っていたら)、行動している!』と言われたんですね。
そこでハッとして、行動も出来るようになり、いつしか口癖も自然に言わなくなっていました。

本来なら、それで変わっているのでしょうが、思っていたより根が深かったようです。
行動にも移せるようになっていながらも、行動の出来ない時は逃げ道を作っていました。
何も行動していない自分をさらけ出す勇気が無かったのです。
他人や物のせいにしていました。例え自分のせいにするにしても美化する傾向にありました。
いずれ行動に移した時に、帳尻合わせが出来れば良いと思う一面もありました。

更に怖いのは、それに自己暗示をかけてしまい、本気で思ってしまうことでした。
他人にバレないようにするために、堂々と口に出してしまうのです。
それは、ガラス玉をダイヤモンドと言い切ってしまうほどの怖さです。
『なぜ行動をしなかったのか?』や『なぜ行動ができなかったのか?』の質問は恐怖でした。
どんなに家庭環境・社会習慣・心境などの理由にしようとも、至って答えはシンプルです。
腹をくくっていなかったから以外の何物でもありません。

初めは、ガラス玉をダイヤモンドと信じてくれる人もいるでしょう。
でも、所詮どんなに綺麗に見せかけても、マガイ物はマガイ物。
いつまでも隠し通せはしません。他人に気づかれても尚且つダイヤモンドと言い張るか、
『実は私は、ガラス玉だったんです。』とカミングアウトするかです。
ガラス玉をタイヤモンドと言い張り続けるあなたが、本当のお話や素晴らしいお話をしたとしても、
ガラス玉と見破った人には詐欺師の言葉にしか聞こえはしません。
それは、あまりにも空しくも悲しい話だと思いませんか? でも、自業自得なのです。

確かにダイヤモンドの輝きは、気品と高貴に満ちたものです。
その輝きは、長い時間と巨大な圧力によって産出した物に、更に磨きを掛けたからです。
人間で言えば、何度も輪廻転生した結果ではないでしょうか?
どんなに憧れようとも、ガラス玉はダイヤモンドには成れやしません。
あなたは感違いをし、色や形を真似ればダイヤモンドになれると思っているのです。
外見の色や形にとらわれず、構造を知らなければなりません。

でも、ガラス玉には、ガラス玉の生き方があります。
傷つきやすく割れやすいかも知れませんが、多くの人に愛され重宝がられます。
例え、壊れたとしても生まれ変わることが出来るのもガラス玉です。
時には色を変え品を変え、食器や宝飾品にも変わることができます。
輝きが欲しければ、スワロフスキーのようにも成れるのです。

自分をガラス玉と認め愛し、可能性を見出せば良いのだと思います。
その方が、あなたを違和感なく周りは認めるでしょう。
だってそれが自然な形なのですから・・・。

私の師匠は、『生まれ赤子の こころ に帰ろう。 』と申しました。
色んな解釈が出来る上、とても素敵な言葉です。これは、幸せに生きるための法則でしょう。
ただ単に、「感じたままに生きなさい。素直に生きなさい。」ということを連想しますが、
私は言葉の前に、「人目をはばからず(世間体を気にせず)」が入っているように思います。

今日の内容はいつも以上に長くなりましたが、ちょっと自己分析してみては如何でしょうか?
少しでも心が軽くなって、健全になって頂ければと思います。

あなたは、自信を持って健康と言えますか?

  1. 薬の飲んで症状を抑える。それに抵抗を感じない。(痛み・発熱・血圧・不眠・etc.)
  2. これが無いと生活できない。(杖・手押し車・コルセット・膝ベルト・etc.)
  3. 「どこに行っても良くならない。」や「歳だから・・・。」と諦めている。
  4. 何の楽しみも希望も無い。

「めぐり整体所」が考える健康とは? そして目指すことは。

  1. 薬に頼ることなく、自然治癒力で改善できる身体を養うこと。
  2. 自らの骨格と筋力で体を支え、生活ができること。
  3. 必ず良くなると強い気持ちで信じる心。 痛みや悩みに振り回されない心を持つこと。
  4. 親から頂いた命と体に感謝をし、人生を楽しむこと。

私もこの心躰法に出会うまでは、健康について真剣に考えていなかったように思います。
だからと言って健康になるのは難しいのかと言えば、至ってシンプルなものだと思います。
まさに人生と同じく因果法則だと考えます。

痛み・発熱が出るのも原因あっての結果です。膝に水が溜まるのもギックリ腰も同様に
原因があってのことです。
私のHPでは、西洋医学を否定しているかのような文面もありますが、決して全てを否定は
していません。素晴らしい医者や治療家がいるのは認めています。尊敬もしています。

ただ、世の中の傾向として、風邪や発熱を始め様々な症状に対して、原因を考えずに薬を
抵抗なく飲むことに疑問を感じなくなっています。
それで、その症状が無くなったら、治ったと思う傾向にあります。

私たちが危機感を感じているのは、その考え方が蔓延していることです。
発熱も体内で自身が菌と戦うことによって出る症状の場合もあります。
また、体(脳)からの警告として痛みが出ていることも多くあります。それを薬で鎮静させる
ことに よって、自然治癒力(免疫)の低下や体(脳)からのイエローカードを無視した事で、
レッドカードになることもあるのです。更に悪化させることもあるのです。
もちろん、副作用の怖さもあります。

薬だけではありません。
杖にしても手押し車にしても、膝ベルト・骨盤ベルトなどもそうです。
ギプスのような骨折などで固定するための道具や、一時期的に動きを止めるコルセット・
サラシなどは必要だと思います。しかし、常用するものではありません。
補助道具に頼ることで、筋力は衰え骨までも衰えます。

本来、人間の体は自らを支えられるように出来ています。
その本来の能力を抑えてしまうのは、健康と言えるのでしょうか?
他の動物にしても、動物園にいるよりも野生の方が健康的です。
野生になる必要はありませんが、必要以上に体を甘えさせるのも問題ではないかと思います。

もし共感することがありましたが、少しずつ行動に変えてみませんか?

我慢できない痛み

この辛い痛みは、忘れられるか?というお話です。

当院へ来られる方でも、1,2回で痛みが取れる方もいらっしゃれば、そうでない人もいます。
そんな方々には、『痛みを忘れましょう。』とお話します。
一見、無責任な話に聞こえるかも知れませんが、とても大切なことです。

人は痛みを忘れることが出来ます。
2年前でしょうか、ニュースでの話ですが、バイクで高速道路を走行中にコンクリートの分離帯に足をぶつけた男性が、その場から2km先のインターチェンジまで膝下が切断していることに気付かなかったという話がありました。
他の話では、ミュージシャンや俳優の有名な芸能人でも余命宣告されながらも歌を歌っていたり、舞台に立ったという話はよく耳にしませんか?

ある意味で上記の例は、特別なものかも知れません。
でも、私たちも身近なところで、少しの時間を忘れていることに気づいて下さい。

  • 睡眠をとっている時。
  • 何かに集中している時。
  • 何かに夢中になっている時。

上記の例の人達も全く同じことです。集中する力や夢中になる思いが少し強いだけのことです。

何が言いたいのかと言うと、痛みに振り回されて欲しくないのです。
痛みのことばかり考えていると、改善が遅れるばかりでなく、違う病気を併発させる恐れがあるのです。

  • なんで私だけが、こんなことに・・・。
  • この先は、どうしたら・・・?
  • きっと良くならないに決まってる!

のように、精神的にも病んでしまいます。
同じ一日を過ごすなら、他の事に目を向けて痛みを少しずつ忘れるようにして頂ければと願っています。

私は、『この痛みが無くなったら、何がしたいですか?』と質問をすることがあるというのも、目標や夢を持つことで少しでも改善を早めるキッカケとして欲しいのです。
急に気持ちを切り替えるのは難しいかも知れませんが、痛みを受け止めつつも上手く痛みと付き合えるようになって下さることを願っています。
もちろん、私も痛みが取れるように努力はします。共に協力して健康になりましょう。

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